怖いのはやっぱり東京であった

 いつの間にか木曽の秘密基地生活もひと月となっていました。この間に山の木々も色づき始めました。

 これが、

 こうなった。

 週刊台風やってきたり、噴火による観光客激減で困ってる町にタバコ税、ビール税(もっとも第三のビールだけども)をガンガン払って地域経済に貢献したりして、タイミングを逃してましたが、そろそろ帰らんといかん。夏から秘密基地に置きっぱなしの青い衝撃号、KDXに乗って帰らないけません。これ以上ダラダラしてると寒〜くなってしまうのです。ウインタージャケット持ってきてないよ。
 なんやかんや片付けて片付かないものは来月へと問題を先送りし、午後1時出発。猿の一家も民家の脇から見送ってくれました。

 まずは伊那へと峠のトンネルに向かいます。奇麗な紅葉。

 ここで重ね着を一枚プラスして、これからの道中に備えます。目標タイムは8時間ですから日も落ちる寒くなる。8月の往路と違って寄り道してる余裕はありません。最短ルートで自宅を目指します。

 さらに峠を越え富士見町から富士見をする。

 この辺はまだ余裕ありオンタイムで通過。

 だが甲府で渋滞にはまった。また日が沈んだ旧道の峠越えは危険と判断し、笹子トンネルへと突入する。やっぱり怖いよ狭いトンネルは。恐怖に耐えトンネルを抜けると街灯もほとんどない暗い夜道がつづくのであった。覚悟していたとはいえ新たな恐怖である。
 やっと見えてきた町灯りの灯る大月も渋滞であった。上野原、相模湖と時折現れる光をつなぐ曲がりくねった暗い道を対向車のまばゆい光芒に視界を奪われながら法定速度ややマイナスで走り抜け、最後の峠を鼻水すすりながら登りきり、とっても暗い山道を法定速度プラス超アルファで下ってくるクルマたちを先に行かせ、まばゆい八王子の町へとついに到着したワタシがもう大丈夫とホッと安堵したのも仕方がないじゃないですか。

 だがしかし、百里を行く者は九十を半ばとす。だったのです。八王子からはまだ数十kmもの道程が残っているのでした。

 すっかり忘れていました。調布から新宿までの甲州街道の夜の恐ろしさを。
 交差点のたびに上へ下への立体交差の上り下り、判断を誤ると間違った車線で遠く見知らぬ彼方へと導かれてしまいます。工事のために三車線から一気に一車線へと狭まる道。次から次に現れる障害を猛スピードで走行するおびただしいクルマたちに囲まれながらも素早くクリアしなければなりません。気を張っていなければ恐ろしい結末が待っています。
 この数十分間がこの日一番の恐ろしい難所でありました。肉体的にも精神的にも疲れ果て寒さに震えるワタシが近道になる新宿御苑のトンネルを回避したからって非難される筋合いはないのです。トンネルはこりごり。

 その後、なんだかとってもつまらない出来事に足止めされ、コンビニで湯豆腐にする豆腐を買って、目標タイム1時間オーバーの9時間で帰宅しました。疲れちゃった。

 ところで、ポルシェはというとタッチアップのあらし。続きは来月。

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